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土浦

今日は常陸の国土浦に行ってきました。

電車で土浦に近づくと、それまで田園地帯だったのが、とつぜん視界が開けてきて土浦の町が見えてきたのがよかったです。地方の町は、こういうところが面白いのです。なんだか、どんな町なんだろうという、わくわく感がある。

 

土浦駅を出た時の第一印象は、「やっぱ普通の町かな」。

比較的大きい駅ビルと、駅前のペデストリアンデッキ、デッキをわたってすぐ向こうに複合施設。水戸・柏・大宮のような、今まで僕が訪れた首都圏郊外の町の典型的パターン。またこれか、って感じで正直がっかり。高層マンションには少し驚きましたが。ソリッドタワー。109.15メートルらしい。人口14万と、周南市よりも人口の少ない都市ですが、首都圏だからこういうものも建てられるのかな。ただ、高層ビルを建てれば都会に見えて良いっていうわけでもないし。

 

気を取り直して、とりあえず、土浦城跡である亀城公園を目指しました。

駅から離れると、意外に古い建物がいっぱいある。このまちは、城下町であるだけでなく、旧水戸街道沿いに栄えた宿場町でもあるらしい。これは、意外にいいまちではないか。古い町屋、西欧風の建築、など個性的でなかなか趣のある建造物が残っている。

さて、亀城公園に到着。ここにのこっている、櫓門は、本丸にある櫓門としては関東地方唯一の現存ならしい。

そのあと、土浦市博物館に行ってから、また公園に戻って、復元された西櫓に入った。

土浦城は水城だったらしく、本丸を何十もの濠が覆っていたらしい。土浦一帯は昔、水はけの悪い土地であったという事実と一緒に納得。

土浦藩は9.5万石で、常陸の国では水戸藩についでひろかったそうな。

土浦には廃藩置県後の新治県庁もおかれた。

こういう事実を知って、やはり土浦は歴史のある街なのだなぁ、と。

あと、印象に残ったのは、博物館にあった、石枕。古墳の中に、埋葬者の枕として置かれたものらしく、全国で見られるらしいが、特にこのあたり、茨城県南部から千葉県北部にかけてに集中して見つかったそうだ。
 

そのあと、モール505という、3階建ての商店街として有名なところにいってみた。
 
これは、僕が今まで見てきた中でも、街づくりの最大の失敗例だと思いました。

まず、3Fだての商店街沿いに4階ぐらいの高さの高架道路がある。高架道路にする意味がない。むしろ、美観を著しく損ねているし。
 
3階のテナントというのはどうも不利らしく、お店はほとんどシャッターだった。2階もかなりしまってるところが多かった。

1階の部分は、お店こそありますが、駅から遠いし、駅前の複合的商業施設にだいぶおされているように感じました。人通りもあんまりなかったし。
 

そして、土浦といえば霞ヶ浦。東口に回って、土浦港のほうの様子を見て、観光を終了しました。


 
土浦

はじめは、首都圏郊外の普通の町だな、と思ってましたが、駅から離れてみると、湖畔の城下町というなかなか珍しい特徴がよく見えてきたので、土浦、すごく気に入りました。

人通りが駅前にしかないのがちょっと残念だなぁ、って思いましたが、仕方ないですかね。


土浦市はレンコンの栽培が日本一らしいです。
ということで、レンコンいなりを買って帰りの電車で食べました。これがすごくおいしかった。4つおいなりさんが入っていたのですが、4つとも、中身が違って、うなぎや他の魚、鶏肉などがご飯にまざっていた。
お土産用には、柚子レンコンのおいなりさんを買いました。

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suhobei

Author:suhobei
関東・関西で育ったものの、高校のころから両親の実家がある山口県に興味を持つようになり、2008年3月大学卒業をきっかけに山口県にIターン。他県出身者にしか分からない山口県の魅力、移住して良かったこと・苦労したことなどを中心に、山口県の話題を発信していきます!

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