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今日の山口弁

赤瓦の街並みを求めて

Iターンの軌跡

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須佐・益田

今日は朝早く起きて長門の国須佐(現在は萩市の一部)に行きました。

<須佐湾の風景> 
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<歩いた経路>
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行きは車で連れて行ってもらいました。山口県の日本海側は、電車の便がとても悪い地域なので、僕のように運転しない人間には行きづらいのです。

途中、山口市にも雪は残っていたのですが、山口市から阿東町に抜けるトンネルを出た瞬間、雪が一面に残っていました。まさに、「トンネルを抜けると雪国であつた」という感じ。小郡はぜんぜん雪が残っていないのに、ちょっと内陸に入れば、こんなに気候の異なる場所にいける。あらためて、山口県という多様な地域を抱える県の醍醐味を実感しました。ちなみに、阿東町は、寒冷地の果物、りんごの一大産地でもあります。温暖地の果物である夏みかんの栽培地、萩市とりんごの栽培地、阿東町が隣接しているということからも、いかに山口県が多様であるか、わかるでしょう。

 

まず高山の山頂まで車で連れて行ってもらい、そこから出発して歩きまわることにしました。

須佐は、「西の松島」と呼ぶ人がいるほど複雑な海岸地形で有名で、その景色を上から眺めたいなと、ずっと思っていたのです。

しかし、高山からの遠景は、確かに美しいのは美しいのですが、湾や島々が意外に小ぶりであるため、遠くから見ると迫力にかけ、ちょっぴり期待はずれだと思いました。まあ、霞みわたっていたのも原因だとは思いますが。

次はホルンフェルス。これぞ日本海という景色が広がっていました。

そのあと、駅に帰りがてら、須佐のまちを歩いてみました。遠くから見る分には迫力に欠けた海岸地形ですが、実際にその中を歩いてみると、湾が湖のようで、それでいて入り組んだ地形がすごく変化にとんでいて、実に美しい。上から全部を眺めることがすべてではないですね。

この地域は、都市化とは無縁の地域であるので、集落も、昔ながらの街並みで、とても美しかったです。すごく印象に残りました。

 

そのあと、まだ時間があったので、石見の国益田に行ってみました。

昭和58年に洪水があったそうで、自分の背丈よりもずっと高いところに、洪水時の水位という目印がついていて、びっくり。今はこんなのどかなまちで、そんな悲劇が起こったのだと思うと、他人事とは思えなくなってきます。

須佐にいるときは曇ってはいるものの雨は降らなかったのですが、益田では時々ぱらついたり、突然ざーざー降りになったりして、山陰ムードが漂っていました。冬の雨はわびしいですね。

グラントワという、ハコモノの象徴のようなところで、成人式が行われていました。

ここにいる人たちが自分と同学年であると思うと、焦りを感じた。もう成人だというのに、自分は、理想的な成人から程遠い。自分は精神的に子供過ぎる。

成人式には、僕は出ない予定です。冠婚葬祭という言葉もあるということで、成人式は人生の一大イベントな気もしてきて、ちょっとは行ってみたいけれど・・・。僕は他県にある中高一貫校に通っていたため、小6から大学進学までに住んでいた市には友達がほとんどいないので、行き場所がないのです。というわけで、複雑な気分になりました。

そのあと、鍵曲跡をみたり、万福寺庭園を鑑賞しました。
益田は、駅を降りたところでは、小汚い感じの町という印象を受けますが、万福寺の周辺は、古い町並みで、石州瓦がよい風情をかもし出しています。津和野と同じような雰囲気で、観光客もほとんどいないので、「これぞ石見」という旅情で、おすすめです。 

今日はおそらく15キロ以上歩いて(時には山登りをし、時には走った)くたくただったのに、帰りの特急が混んでいて一時間半以上も座れなかったのがつらかった。Uターン時期の新山口行きの特急が、二両編成はありえない!JR西は本当使えない。

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プロフィール

suhobei

Author:suhobei
関東・関西で育ったものの、高校のころから両親の実家がある山口県に興味を持つようになり、2008年3月大学卒業をきっかけに山口県にIターン。他県出身者にしか分からない山口県の魅力、移住して良かったこと・苦労したことなどを中心に、山口県の話題を発信していきます!

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