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オーストリア・ハンガリー旅行記1

山口県とは関係ないのですが、二週間中欧を旅行して回ったので、その記録を書いてみます。

<オーストリア・ハンガリー旅行記>
IMGP6943.jpg


日程:2006/09/19~2006/10/01
訪問地:リンツ、ザルツブルク、ウィーン、プラハ、ブルノ、ブダペスト
旅行の動機:
今回、なぜ旅行先としてオーストリア・チェコ・ハンガリーという国々を選んだかというと、オーストリア帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、そしてさらにハプスブルク家の歴史、そしてその支配下で花開いた芸術文化に大いに関心を持っているからです。

近代ヨーロッパでは、民族ごとに国家を作るという仕組みができつつありました。しかし、オーストリアは大国としては珍しく多民族国家に仕上がりました。ロシアも多民族国家となりましたが、ロシアは軍事的に勢力を広げたのに対し、オーストリアは「結婚」などの手段によって、政治的に勢力を広げたのです。

軍事的な手段ではなく、より政治的な手段による他民族の統合が、オーストリア帝国の特徴です。この統合の中で、多くの民族が微妙なバランスを保ちながら共存していました。そして、帝都・ウィーンを中心に芸術・文化が開花しました。クラシック音楽を趣味としている身としても、ウィーンという町は、「クラシック音楽の聖地」であるので憧れを抱いていました。

しかし、「民族自決」という概念が徐々にヨーロッパに浸透するにつれて、帝国内の各民族の微妙なバランスの均衡は、はかなくも崩れ去ってしまいました。帝国は、各少数民族の自治や権利をさらに拡張することで、存続を図りましたが、時代の変動に呑まれ、はかなくも崩壊してしまったのです。

それから90年になりますが、ヨーロッパは再び統合への道のりを確かなものにしています。チェコ・ハンガリー・スロヴァキア・スロベニアもEUに加盟しました。アジアでも新しい地域共同体のあり方が模索されています。それらを考えるためにも、オーストリア・ハンガリーの功罪が非常に興味深い先例になると思います。

また、ハプスブルク家は、「結婚政策」などで、どの人々の人生も政治や歴史に翻弄されているのが、ときには悲劇的であり、ときにはロマンチックであり、魅力を感じます。世間でも人気のマリー・アントワネットやエリザベートをはじめ、マリア・テレジア、フランツ・ヨーゼフ1世など、どの人物をとっても、波乱万丈の人生を送っていて、人間らしいドラマを感じるので、面白いと思うのです。

旅行のメインテーマ:1699年(カルロヴィッツ条約でハプスブルクがハンガリーを奪還)~1918年(帝国崩壊)までのハプスブルク帝国における歴史と文化、それぞれの地域の特性と郷土史


austrohungary.jpg


これはオーストリア・ハンガリー帝国の地図です。青いマークの都市をめぐりました。
リンツ→ザルツブルク→ウィーン→プラハ→ブルノ→ブダペスト→ウィーン
という順番でまわりました。後日、それぞれの都市ごとに、レビューを書きたいと思います。

コメント

おつかれさまでした!

旅行記、読みました!

マリー・アントワネットとか聞いたら、宝塚が頭に浮かんできました。

次も楽しみに待っていますよ!

ありがとうございます。都市毎の感想を日本の都市と比較しながら書こうと思うので、待っていてください。

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プロフィール

suhobei

Author:suhobei
関東・関西で育ったものの、高校のころから両親の実家がある山口県に興味を持つようになり、2008年3月大学卒業をきっかけに山口県にIターン。他県出身者にしか分からない山口県の魅力、移住して良かったこと・苦労したことなどを中心に、山口県の話題を発信していきます!

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